『オシムの伝言』公式ブログ

千田善(サッカー批評、スポーツ・ジャーナリズム、国際問題)の公式ブログです。
元日本代表監督イビツァ・オシムさんの近況のほか、サッカー情報、国際問題を中心に、身辺雑記などを発信します。
http://chidazen.msz.co.jp
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3月17日のイベントページができました
 3月17日に設立支援チャリティトークイベントがおこなわれる「子どもの戦争博物館」とは?

ボスニア戦争(1992〜95年)は昨年で停戦20周年でした。ボスニア全体で300万人が難民となり、十数万人の生命が失われました。中でも人口約50万人の首都サラエボは激戦地のひとつで、1万1千人あまりが死亡、そのうち1600人が子どもでした。

ヤスミンコ・ハリロビッチくん(27歳)は戦争がはじまった当時4歳。戦時下のサラエボで子どもたちがどんなふうに暮らしていたかを記録しようと、同世代の人びとにネットを通じてたずねました。

「あなたにとって、戦時下の子ども時代とは何でしたか?」

回答はショートメールの制限字数160字以内で、1000人以上の人びと(1977〜92年生まれ)から寄せられました。写真や当時の日記などもあわせて 出版されたのが「Djetinjstvo u Ratu 戦時下の子ども時代」でした。(邦訳は「ぼくたちは戦場で育った」角田光代訳・千田善監修・集英社インターナショナル刊)

今年の夏にも開館を予定している「子どもの戦争博物館」は、本におさめられた文や写真に加えて、当時の「思い出の品」などを展示する、常設のミュージアムになります。

博物館の建物はサラエボ中心部にほぼ決まり、すでに、当時はいていたバレエ用のトウシューズ、卒業式が中止になり着ることができなかったドレス用の記事、避難シェルターで抱いていたぬいぐるみ、などが集まっています。

戦争を記憶・記録することは、二度と戦争をくり返さないという意志のあらわれでもあります。地元の子どもたちやサラエボを訪れる旅行者に、当時の状況を 知ってもらうのが目的です。将来的には、「アンネ・フランクの家」(オランダ)など子どもと戦争に関係した博物館・記念館とも協力していく計画です。 (文・千田善)

イベントのフェイスブックページはこちら
https://www.facebook.com/events/574852516001206/

サラエボの「子どもの戦争博物館」のページ(英語、ボスニア語)はこちら
https://www.facebook.com/warchildhoodmuseum/

ヤスミンコ・ハリロビッチ氏来日記念トークセッションのお知らせ
 「子ども戦争博物館(仮題)」設立支援イベント

ヤスミンコ・ハリロビッチ氏来日記念トークセッションを開催します!!

【日時】2016年3月17日(木) 18:00より
【会場】武蔵野プレイス内フォーラム
    (JR中央線・武蔵境駅より徒歩1分)
    http://www.musashino.or.jp/place/_1205.html

【出演者】
ヤスミンコ・ハリロビッチ氏(『ぼくたちは戦場で育った』著者)

角田 光代氏(作家・小説家・翻訳家 代表作『八日目の蝉』『紙の月』)

千田 善氏(国際ジャーナリスト・作家 代表作『オシムの伝言』『ユーゴ紛争』)

【モデレーター】
森田太郎(Sarajevo Football Project代表)

今回のトークセッションは、ヤスミンコ・ハリロビッチ氏がサラエヴォで設立を目指している「子ども戦争博物館(仮題)」設立に向けた支援を目的としております。
みなさん、ご家族、ご友人をお誘いあわせの上、ご参加ください。

きのうはありがとうございました。日曜日にもヤスミンコくんのセッションがありますよ
 きのうのトークセッションにお出でいただいたみなさま、ありがとうございました。あいにくの雨でしたが、予想以上に素晴らしい内容になりました。

お出でいただけなかったかた、15日(日)の午後にもヤスミンコくんを招いてイベントがあります。まだ少し余裕があるようですので、お時間の都合がつく方はぜひいらして下さい

https://www.facebook.com/SenjoNoKodomotachi/posts/984181228309915

ぼくたちは戦場で育った 角田光代さんが東京新聞に
 東京新聞の著者紹介コーナーに角田さんが出ています。
(読売新聞にも出たそうですが、まだ見ておりません

この記事でも取り上げている、11月10日のトークイベント、来週に迫ってきましたが、まだ若干席に空きがあるそうです。サラエボから原著者のヤスミンコくんも駆けつけてくれることになりましたので、よろしければいらしてください。

##

角田光代・千田善対談:ぼくたちは戦場で育った
―作家 角田光代 と ジャーナリスト 千田善が語る ‘戦争のリアル’
 戦争はある日突然やってきて、気づいたときには ぼくらは戦場にいた……

ぼくたちは戦場で育った―サラエボ 1992-1995―刊行記念トーク -―

◆出演: 角田光代(小説家) × 千田 善(国際ジャーナリスト) & スペシャルゲスト
◆日時 : 2015年 11月10日(火) 開演:19:00(開場:18:30)
◆会場: 神保町 EDITORY2F イベントラウンシ ゙
(東京都千代田区神田神保町2-12-3 安富ビル2F)
http://saraevo-ktbkbt.peatix.com/

(記事の写真はこちらに出ています)
https://www.facebook.com/SenjoNoKodomotachi/photos/a.822645664463473.1073741828.548725631855479/980513388676699/?type=3&pnref=story
新国立競技場問題(騒動)についての対談
 新国立競技場問題(騒動)についての対談連載第一回がアップされました。

首都圏は圧倒的に人が足りなくなる 新国立競技場騒動の虚と実(1) 千田善(@ZenChida)×またろ( @mataroviola )


http://athlete-knowledge.jp/reports/282
「ぼくたちは戦場で育った」の刊行が正式に決定
 お知らせです。

「ぼくたちは戦場で育った」の刊行が正式に決定しました(パチパチパチ)

「ぼくたちは戦場で育った・サラエボ1992−95」
ヤスミンコ・ハリロビッチ(編著)
角田光代(翻訳)
千田善(監修)

集英社インターナショナル
定価未定(2000円以下=予定)
10月下旬刊行(予定)

表紙デザインなどこれから決定していきますが、順次公開。乞うご期待です。

[informacija]

Zvanicno je potvrdjeno izdati "Djetinstvo u Ratu" na Japanskom.

Pod naslovom "Bokutachi-wa Senjo-de Sodatta - Sarajevo 1992-95" (Mi smo odrasli na bojstima)
Autor i urednik: Jasminko Halilovic
Prevod na Japanski: Mitsuyo KAKUTA
Supervizor: Zen CHIDA
Izdavac: Shueisha Intl.
U prodaju u drugoj polovini Oktobra 2015 g. i cene ce biti odredjena naknadno.
Dizain naslovnog strana i sadrdjaja u toku!

新国立プランは白紙になったけれど
 かえすがえすも──

「生牡蠣が垂れたような」形状の新国立競技場(ザハ案)が白紙になって、いま思うのは前の東京オリンピックの会場だった元の国立競技場(正式には霞ヶ丘陸上競技場)のこと。壊さなければよかったのに。かえすがえすも残念な「もったいない」話だった。

と思うのは、最近、授業で田辺銀冶さんに講談「バロン西と愛馬ウラヌス」を演じて(講談だから一席読んで?)もらった際に、ロサンゼルスの競技場について 調べたから。ロサンゼルスでは2回のオリンピックを同じ会場で実施しているのだ(開閉会式、陸上など)。2020年の東京オリンピックでも、1964年の スタジアムの一部でも活かしておくことはできなかったのだろうか、と。

ロサンゼルス・メモリアム・コロシアム(通称 "The Grand Old Lady" =おおおばあちゃん)は1923年建設。日本の西竹一が馬術大障害(飛越)で金メダルをとった1932年の夏季オリンピックで使われたスタジアム。(西は その後、硫黄島の戦いで戦死=硫黄島からの手紙という映画にも出てくる)


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オシムさんのインタビュー(スポーツナビ)
 スポーツナビに、宇都宮徹壱さんがサラエボまで行って取材してきた、オシムさんのインタビューが載っています。今日のは前半。

イビチャ・オシムが見る日本代表の現状
「選手は自信をもって振る舞うべきだ」
http://sports.yahoo.co.jp/sports/soccer/japan/2015/columndtl/201507040003-spnavi
ジョコビッチが病気の少女にシャツをプレゼント
 (セルビア大使館の小柳津さんより)ちょっといい話。

津波で両親や友人をなくし、さらに血液の病気とたたかう19歳の友香(ともか)さん。
テニスのジョコビッチの活躍を支えにしていることを知った在京セルビア大使館のスタッフが、なんとか連絡を取ろうとしていた。そのことがセルビア国営放送で報じられると、その日のうちにジョコビッチから連絡が!
ウィンブルドン大会でロンドン滞在中なのだが、家族が連絡したのだろうか。さっそく自分のサイン入りTシャツを贈ることにしたというニュース。
(さっそく友香さんにも伝えられ、看護婦さんらもみんな涙を流して喜んだそうです。今度はジョコビッチと一緒にテニスができるといいね!)


http://www.rts.rs/page/sport/ci/%D0%92%D0%B8%D0%BC%D0%B1%D0%BB%D0%B4%D0%BE%D0%BD+2015/story/2450/%D0%92%D0%B5%D1%81%D1%82%D0%B8/1966986/%D0%9D%D0%BE%D0%B2%D0%B0%D0%BA+%D1%88%D0%B0%D1%99%D0%B5+%D0%B4%D1%80%D0%B5%D1%81+%D0%B1%D0%BE%D0%BB%D0%B5%D1%81%D0%BD%D0%BE%D1%98+%D0%B4%D0%B5%D0%B2%D0%BE%D1%98%D1%87%D0%B8%D1%86%D0%B8+%D0%B8%D0%B7+%D0%88%D0%B0%D0%BF%D0%B0%D0%BD%D0%B0.html

トークセッションのお知らせ(再掲)
 (間近に迫ってきたので再掲します)

上智大学ヨーロッパ研究所主催

宇都宮徹壱・千田善 
サッカー・トークセッション

総合司会・進行:市之瀬敦


なぜ日本代表は『ハリル・ジャパン』と呼ばれるのか? ハリルホジッチと日欧フットボールの間に


2015.6.5(金)18:00〜20:00
上智大学四谷キャンパス中央図書館9階L921会議室
言語:日本語
申し込み不要/参加費無料


いよいよ2018年サッカー・ワールドカップ・ロシア大会に向け、
日本代表の新たな戦いが始まる。
3月には新監督を迎え、ますます期待が高まる。

「ハリル・ジャパン」
我々がサポートするチームはそう呼ばれる。
だが、なにか引っかかるものはないだろうか?
代表チームとは、「まずは監督ありき」なのだろうか?
そもそも「ハリルホジッチ」ではないのか?

日本だけでなく、欧州のサッカーも熟知する2人の論客が、
代表チームの呼称に抱く違和感をきっかけに、
日欧のサッカー文化を語り尽くすトークセッションへ、ようこそ!


宇都宮徹壱: 写真家・ノンフィクションライター。 
TV製作会社勤務を経て、97年よりフリーランス。『フットボールの犬』(東邦出版)で第20回水野スポーツライター賞最優秀賞受賞。2002年、06年、10年に続き、14年のW杯ブラジル大会を現地取材。


千田善(ちだ ぜん): 国際ジャーナリスト。岩手県出身。ベオグラード大学で国際政治を学ぶ。ユーゴスラビア各地で紛争取材。帰国後は一橋大学などの講 師(国際政治、異文化交流論など)、2006年からサッカー日本代表オシム監督の通訳をつとめる。現在、立教大学講師(スポーツジャーナリズム)。


市之瀬敦: 上智大学外国語学部ポルトガル語学科教授、ヨーロッパ研究所所長。「ダイヤモンド・サッカー」の洗礼を受けた後、留学先で出会った、美しいけれど、どこか悲しいポルトガル・サッカーの虜となる。
2001年『ポルトガル・サッカー物語』(社会評論社)、06年『砂糖をまぶしたパス―ポルトガル語のフットボール』(白水社)を上梓。


■お問合せ先:上智大学ヨーロッパ研究所 〒102-8554 東京都千代田区紀尾井町7-1 上智大学中央図書館7階 721B
 Tel: 03-3238-3902  E-mail: i-europe@sophia.ac.jp